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≪第7話≫ ひきつけトモ編
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1才を過ぎたころから頻繁にひきつけを起こすようになったトモ。
今でもトモが初めて憤怒痙攣を起こして、意識を一瞬失ったあの瞬間を昨日のことのように思い浮かべることができます。
主人も不在でとにかく私はパニック寸前。 このまま、息がとまり続けたらどうしようと、思わず人口呼吸をしてしまった私です
(今だから笑い話にできますが)。 トモの場合、泣きがびどくなるとたちまち唇が青ざめてきて、目が裏がえったと思ったとたん息が止まってしまう・・・というパターン。
泣きが始まってから早いうちに抱きしめてあげるとそれを回避できることもありました。 保育園でもそれは起きました。
初めての時は先生もあせってしまわれたようで、その時の先生のあわてぶりが手に取るようにわかるくらいの、力のこもった説明をお迎えの時に受けました。
その時点では、私の方は慣れていたので「 またですか?」 という感じだったけれど、先生もこんなにあわてるくらいだから、やっぱりめずらしいことなんだ・・・と、ちょっと胸が痛んだのを覚えています。
育児書には、2才くらいになるとおさまるので、さほど気にすることはないくらいに書かれているけれど、そんな簡単に気持ちは処理できなかった。
いつ起こるかわからないという不安と背中合わせの毎日。 ひどく叱ってそうなったこともあったので、それからは強く叱れなくなった・・・。
でも、今思えば、1才くらいでしつけがなんだときつく叱るほうが無理があったのかもしれない。 母は私に厳しかった。
自分が小さい頃、そんな母のきびしさが怖かった私が同じ事を子供にしている・・・そう気付くまでは、怒りたくても怒れない苛立ちに不安をつのらせていた。
それが、かえってますますトモに不安を与えていたことも気付かないダメなママだったのです・・・トホトホ。
ひきつけのパターンは、私の姿が見えなくなる場合、感情をむき出しにして私がトモをおこる場合、どうしても欲しいものを人に取られた場合などに多く見られた。
彼の中で整理できない不安や怒りを、ひきつけという形でしか表現できなかったのかもしれない。
でも、このひきつけがきっかけで、私はトモと真剣に向き合うようになり始めた。 ただし、初めはまだ、自分が感じる恐怖感から逃れたくてひきつけを起こさない方法を探っていた。
トモがひきつけを起こして意識が戻ったときに、いっぱい抱きしめてやって 「不安にしてごめんね。わかってあげていなくてごめんね」
と言うのではなく、「こんなになっちゃダメっていってるでしょ! ママの心臓が止まるかとおもったでしょ!・・・」
と自分のことしか考えていなかった私だから・・・(自分自身の恐怖感を沈めるために怒ることで解決していた気がする)。
だけど、ひきつけをおこしていなかったら、私はいつまでもトモの不安や怒りに気付かないダメママのままでいたかもしれない。
そして、トモは心の病んだトラウマように、一生目に見えない何かを背負って生きていく道しかなかったかもしれない。
つづく・・・(次回は 「ママ試練の時期編」) |
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